
築地に買い物に行ったついでに勝鬨橋界隈をお散歩しました
私が小中学生のころ、母の実家が月島にあったものですから、かすかな記憶ですが勝鬨橋が開いている時を見たことがあるんです
今見ればわかるのですが、橋全体が二つに割れてガーッと開いていたわけではなく、真ん中の部分が開いて大きい船を通していたんですね
その当時はバスや車を止めて、ゆっくりゆっくり大きな橋が上がってきたイメージでした
考えれば当時はまだ車もそれほど多くなかったんでしょうが、こんな跳ね橋、ほかにあるんですかね?
さて、のんきにお散歩していましたが、今日は3.11東日本大震災の日です
あれから15年・・・まだ私たちの中には当時の記憶が色濃く残っていることと思います
もちろん被災された東北の方々にとりましては、ご家族を亡くされたり家がつぶれてしまったりと、忘れることなど絶対にできない日になってしまったと思います
地震が起きたその時に、私は今はなき銀座松坂屋で買い物をしておりました
当時は銀座に店がありまして松坂屋のすぐそばだったものですから、地下で買い物が終わり一階の玄関から外に出ようとしたまさにその時でした
いつもとは全く違う大きな揺れに足をとられ、え?なに?地震?と思ったその瞬間に、フロアの全ての非常扉が一斉にバタンバタンと大きな音で開閉しました
その音の大きさに悲鳴が上がり、皆外に出ようとしたまさにその時に、一人の男性が大きな声で「外に出るな!!ガラスが落ちてくるぞ!!!」と叫んでくれました
「中にいるんだ!!中にいろ!!!」と続きます
外に出ようとしていた人たちが震えながら戻ってきます
周りを見れば、こんなにたくさんの人がデパートの中にいたのかと思うくらいの人人人で、皆さん不安で立ちすくんでいます
こういう時にリーダーシップのとれる方がいてくださって、私は心から感謝しました
揺れが収まって、これはお店の中は大変なことになっているだろうと覚悟して店に戻りましたら、地下のにある店だったせいか、お酒も食器もグラス一つ割れていませんでした
それからはずっとテレビを見ていましたが、津波がこれほど恐ろしいものだということは今まで知らなかったので、迫ってくる津波の前を走っている車の映像に向かって早く逃げて~!!!と叫んでおりました
波で家が流されるって…そんな経験、誰もしたことないですから、日本人全員が自然の恐ろしさに言葉がありませんでしたね・・・
銀座は夜になって帰宅難民の方々であふれかえりました
自宅まで歩いて帰る人、地下道で一晩すごそうとする人、会社に泊まる人などなど、それぞれに策を講じましたが、なんにせよ携帯がつながらなくなったりで、皆さんご家族の安否がなかなかわからず不安と焦りでいっぱいでしたね
今日お散歩した勝どきあたりは50階建てのタワーマンションがたくさんあり、震災の時はエレベーターが停まってしまったので歩いて下まで降りなくてはならず、それはそれは大変な思いをされたと伺いました
やはり足で上り下りできる階がいいわよねぇとおっしゃってましたね
あの日のことは一生忘れないですが、じゃあ備えは万全ですか?といえば、私は全然だめですね・・・
防災グッズとかお水や簡易トイレなどは準備しておりますが、それだけですからね~
本当はもっと根本的なこと、松坂屋で助けていただいた声の主のような外に出てはいけないとか、マンションの玄関の扉を開けることとか、そういう初動にやるべきことを学ばないといけないと思いました
毎年この日は3.11の教訓を今一度思い出す日にしないといけませんね
